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紫色の月光

紫色の月光

第八話「ハゲタカ」

第八話「ハゲタカ」



「間に合ったか」

 彼は静かにそう言うと、右手に握る刀をサイラスに向けた。
 そのままゼンガーはサイラスを睨みつける。純粋な怒りの目つきだ。

「貴様、俺を操るとは……許さん!」

 そのまま彼は疾走する。そしてその怒りの目つきは未だにサイラスを捉えたままだ。
 
 しかし、その足は突然停止する。何故なら右足が何か強い力によって掴まれているからだ。
 ゼンガーにサイラス、マラミッグはゼンガーの右足を掴んでいる人物に視線を送る。カイトだ。彼は倒れたままゼンガーの足を掴んでいるのである。

「カイト……!」

「少佐、手を出さないでくれ。コイツは俺の……俺達の戦いだ!」

 カイトは鋭い目つきでそう言うと、そのまま左腕の力だけでゼンガーの足を思いっきり引っ張った。それだけでゼンガーはその場に倒れこんでしまい、その代わりとでも言わんばかりにカイトが起き上がる。

「サイラス、俺は絶対にお前達を全滅させると決めた! だからお前は俺だけをターゲットにしてかかってこい!」

「いいだろう、こちらとしてもその方がやりやすい」

 カイトは左に持つ刀の切っ先をサイラスに向けたまま彼を睨む。カイトから見て、サイラスに注意するべき点は彼の指から伸びる糸だ。
 その糸に捕まったらゼンガーのように操り人形にされてしまい、もしくは先ほどのように身体をバラバラにされる。

 それならば勝負は一瞬で決まる。

 サイラスがカイトを捕まえるのが先か。
 もしくはその前にカイトがサイラスを切り捨てるのが先なのか。

『勝負!』

 カイトとサイラスは同時に走り出す。
 そのスピードは正に互角。どちらも勝るとも劣らない。

 しかし、二人が激突した瞬間、サイラスの糸がカイトを捕らえた。



「リーダー!」

 そして次の瞬間、バーシャルを倒したトリガー達がその場にやってきた。トリガーとガレッドは疲れ果てたスバルに肩を貸す状態でやって来ている。

「カイト……!」

 そして同じくして、シデンに肩を貸す状態でエイジもやってきた。ノアロに受けたダメージはやはり大きく、彼は今にも倒れてしまいそうであったが、何とか気力を振り絞って立っている。

「ぐ………あ!」

 カイトは苦痛の叫びをあげる。サイラスの糸に捕まって、操られるかバラバラにされるかの選択肢をこれから選ばれるのだ。

「……あ、危なかった」

 しかしサイラスは額から汗を流していた。何故なら、カイトの刀の切っ先が目の前まで来ているからである。一秒でも捕まえるのが遅れていたら確実に殺されていただろう。

「くそ、流石にこの人数を相手には出来ない……!」

 サイラスが周囲を見渡すと、正面にはゼンガーが、真後ろにはスバル達とシデンとエイジがいた。詰まる所、挟まれているわけである。見た感じ、何人かはダメージを受けているようだが、それでもこちらが圧倒的に不利な状態である。

「ならば!」

 それならば目の前に居る『操り人形』に働いてもらえばいい。
 サイラスは意識を集中させると、糸を通じて操り人形に伝令を送り込む。
 次の瞬間、目の前に居る操り人形が完全に覚醒した。

「………!」

 カイトが両目に激しい狂気が宿る。それはサイラスが周囲の敵に向けている物に違いない。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 カイトが獣の如き咆哮をあげる。
 それは聞く者を怯ませるには十分すぎた。

「うお……!」

「ひっ……!」

 ガレッドとトリガー、スバルは今までにこんなカイトは見た事が無かった。普段、家で大黒柱な存在である彼がこんな脅威の塊に見えたのは初めてなのだ。

「ごめん、エイジを頼む」

 シデンはトリガーにエイジを任せると、ナイフを抜いてサイラスに向かって突っ込んでいく。この様子からして、サイラスがカイトに何かをしたのは明らかだからだ。
 しかしそんな彼の前に黒の影が立ちふさがった。

「え?」

 次の瞬間、シデンは吹き飛ばされる。
 腹部に重いパンチを受けたのだ。

「がっ……!」

 シデンの女性の様な美しい顔が苦痛によって歪む。そのまま壁に叩きつけられ、早くも彼はノックダウンされてしまった。

「カイト……てめぇ!」

 今度はエイジがトリガーの手を振り解いてシデンを殴った張本人―――――カイトに向かって鉄拳をお見舞いするべく突っ込んでいった。
 ノアロから受けたダメージはまだ残っているが、それでもこの状況の中、動かないとやっていられなかった。

 しかし、その鉄拳は黒の影に衝突する前に―――――

「何だと!?」

 ――――――空を切った。
 まるで風のようにかわされたのだ。

「ふん」

 そしてそのまま腹部にカイトの膝蹴りを受ける。此処は先ほどノアロから貰ったダメージがあるところだ。なのでより大きなダメージをエイジに与える結果となってしまった。

「がぁ……!」

 エイジはそのまま何の抵抗も泣く床に倒れた。目を覚ます気配はない。完全に気絶しているのだ。

「……………」

 カイトは無言で倒れたエイジを睨む。すると、彼は左手に銀の刃を持った。
 そのまま刃を振り上げ、降ろされる瞬間はまるでギロチンを連想させる。

「ちぃ!」

 しかしそれに待ったをかける一撃がカイトの横から飛んできた。
 ゼンガーの刀による斬撃である。

「!」

 カイトは刃の方向をゼンガーの方へと変える。
 鈍い金属音がぶつかり合い、廊下に火花が散った。

 しかし次の瞬間、カイトは唾を吐いた。その唾は見事に至近距離にいるゼンガーの目に入り、彼を一時的に怯ませるには十分だった。
 
「ぐあ!」

 その隙を、操られているとはいえカイトは逃さない。
 驚異的なスピードで彼の後ろに回りこみ、ゼンガーの後頭部に回し蹴りを放ったのだ。

 その凄まじい衝撃の前にゼンガーは成す術無く倒れてしまう。

「流石ジーンナンバー1。あっという間に三人抜きか」

 サイラスは勝ち誇ったように言う。
 それもそうだろう。
 後、自分の周囲にいる連中と言えばトリガーとガレッドにスバル、そしてマラミッグの四人だけである。
 厄介な三人が倒れた今、この四人では束になってもカイトの驚異的な身体能力の前には敵いはしないだろう。

「しかも、全員我々の存在を知っているからな。此処で全員消えてもらおう」

 サイラスの指がぴくり、と動くと同時、カイトは疾走を始める。
 左手に銀の刃を持った片腕だけの操り人形の突っ込んでいく先にあるのはスバル達三人である。

「く!」

 しかし横一線に銀の刃が振るい抜かれる瞬間、三人の姿は消え去ってしまった。ガレッドの持つテレポート能力だ。
 空を切った銀の刃はそのまま一回転してから再び獲物を捜し求める。

「………!」

 そして、その新たな獲物と目があった。
 マラミッグである。

「!」

 その狂気に満ちた瞳を見た彼女は思わず怯んでしまったが、ここでへたりこんでいたら確実に殺される。
 しかしこの状況でどうしろというのだろうか。
 味方はおらず、向こうは確実にこちらを殺しにやってくる。しかもこっちには向こうに立ち向う手段が何一つ無いのだ。

「………」

 カイトは無言で迫る、確実に獲物をしとめるために、銀の刃は心臓目掛けて放たれた。

 しかし、次の瞬間。鈍い音がしたと同時、カイトがぶっ飛ばされた。

「え?」

 その、思わぬ光景にサイラスは愚かマラミッグも目が点になってしまった。
 一体何が起きたのか。答えは簡単だ。目の前にいる男がカイトを殴ったのだ。

「……流石のお前も、後ろか不意を撃たれてはアウトだったか」

 その男の姿を見たサイラスは驚愕の表情に包まれる。

「お前は……! ジーンナンバー5、リオンヘクト!」

「おう、ここはナンバー5同士、仲良く決着を着けようじゃ無いか」

 よく見ると、リオンヘクトの後ろにはガレッドがいた。彼は大急ぎでテレポートしてリオンヘクトを呼んで来たのである。

「さ、行こうか。ウチの大黒柱の代わりに思いっきり殴ってくれる!」

 リオンヘクトはファイティングポーズを取ると同時、自身の能力を発動させる。

 リオンヘクトの皮膚の色が変色していく。顔の色もドンドン変化していき、形も変化していく。
 ジーンナンバー5、リオンヘクトの能力は獣化能力だ。そして彼が獣化した後の姿は地球上では決して見られない生物となる。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 完全に変化したリオンヘクトが吼える。
 彼の姿は今や凄まじい物であった。
 顔の形はワニ、背中には丈夫な翼が生えており、全てを切裂いてしまいそうなほどに鋭い爪が光る。
 一言で言えば彼の獣化能力は「半竜」であった。
 何故「半」なのかと言うと、ちゃんと二足歩行だからである。

「気をつけろよ、こうなったらもう優しくは無いからな!」

 リオンヘクトは、その大きさからは想像も出来ないスピードでサイラスに襲い掛かる。
 振り上げられた右拳は真っ直ぐサイラスの顔面にめり込む。

「ぐふ!」

 サイラスは派手な音を立てると同時、リオンヘクトによって壁に叩きつけられる。
 リオンヘクトはカイト達10人の中でアンチジーンに立ち向えるほどの身体能力を有した数少ないジーンである。獣化した彼の前では素手でのカイトも歯が立たない状態だ。

「ぐるるるるる……!」

 まるで野獣のような声を上げるリオンヘクト。はっきり言うと、普段の彼からは想像できない光景である。

「が……!」

 サイラスの目から見て、リオンヘクトの身体能力の向上ぶりは異常だった。

 元々、リオンヘクトは格闘家であった。しかもかなり名の知れた格闘家であり、彼に挑戦する強者は後をたたなかったのである。
 変身せずともそれだけの能力を誇る彼が、獣化した結果がこれなのである。

「起きろ」

 リオンヘクトはサイラスの襟を掴んで持ち上げる。

「貴様には、まだウチの大黒柱の分の傷みを与えちゃいないんでな。―――――利子付きで返す!」

 リオンヘクトは右拳で、全力のパンチをサイラスに浴びせた。
 それは利子であるサイラスの首の骨を折るには十分すぎる威力を持っており、全ては一瞬で終わった。




 ボロボロの街の中、未も心も冷えそうな雨に打たれながら彼は一人思った。
 
 此処は何処だろう、と。
 さっきまで一緒にいた父、仲のいい友達。彼らは何処にもいない。

 当時六歳の少年、カイト・シンヨウは心身共に疲れきっていた。

 数時間前、彼は突然この見知らぬ土地に飛ばされた。これが後に転移による物だと彼が知ったのは10年以上も後のお話である。
 無論、そんな事を何も知らない6歳の少年が知るはずも無く、彼は雨の中ただ街の中をさ迷っていた。

 そんな時、彼の目の前に一人の男が現れた。その男の顔は雨によってよく憶えていない、しかしその狂気に満ちた目だけは憶えている。そして男は突然ナイフで六歳の少年に襲い掛かったのだ。

 あの時は何故襲われたのか分らなかったが、今になると良く分る。

 人間の臓器は高く売れたのだ。当事は実験好きな科学者や、同じようにそれを必要とする様々な目的をもつ人物が数多くいた。
 ナイフを持った男はそれを高い値段で売りつけようと思ったのだろう。目の前にいる少年を切り刻んでから。

 しかし、相手が悪すぎた。
 本人は自覚していなかったが、彼は六歳でありながらジーンとして大人レベルの身体能力を有していた。
 脚力も握力も小さな子供とは思えないレベルであり、油断しきっていた男は一瞬にして返り討ちになってしまったのである。

「………」

 少年は呆然としながら目の前にいる男を見ていた。
 大量の血を流して倒れている。

 そして彼の意識は一瞬にしてフリーズする。何故なら彼の手には、襲い掛かってくる男から奪い取ったナイフが、血まみれになって握られていたのだから。

 あの時の、あの人を殺した時の嫌な感覚は今でも思い出せる。
 流れる血液が全て逆流するような嫌な感覚、見えるものは全て灰色に見え、そして何より恐ろしいのはそれが「楽しかった」と思えることだった。
 そしてその日から彼は純粋に『楽しみ』を行うだけの殺人鬼となった。

 それがハゲタカ、当時六歳の少年に名付けられた代名詞である。




第九話「凶悪な殺人鬼」


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